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W.西日本 | |
1. | 蒲生のクス |
2. | 藤崎台のクス |
3. | 川古(かわご)のクス |
4. | 本庄の大クス |
5. | 武雄の大楠 |
6. | 衣掛(いかけ)の森 |
7. | 隠れ屋の森 |
当方最近、身近にある都内の『巨樹』巡りを行いました。第二弾として、全国の極有名な『巨樹』巡りを今後少しづつ、登山や旅行をする機会に合わせて行いたいと思っています。 サラリーマンとしてはなかなか遂行しにくいですが少しずつ実行することにしました。
訪問記を下記にUPしましたので、関心のある方はどうぞ参考にして下さい。
* 巨樹と対面して、巨樹達からの“気・オーラ”を感じ取り、メッセージや素晴らしいスピリッツを感じてみてはいかがでしょうか。
§W.西日本
1.蒲生(かもう)の大楠(クス)
・ 全国第一位の巨樹。 昭和63年(1988)に環境庁が実施した全国調査以降現在まで「日本一の巨樹」とされています。
* 平成11、12年に実施された巨樹・巨木林フォローアップ調査報告書(昭和63年調査のフォローアップ)によると、第1位「蒲生の大クス」24.22m、第2位「来の宮神社の大楠」(熱海市23.90)mで32cmの差で「蒲生の大クス」が依然一位を保っている。
・ 幹周 = 24.22m (平成14年(2002)刊行の環境省「巨樹・巨木林フォローアップ調査報告書」)
・ 樹高 = 30m
・ 推定樹齢= 1,500年。
・ 枝張り = 24×29m
・ 根周り35m、幹周り24.2m、枝張り東12m・西12m・南10m・北19m、樹高30m((社)農林水産技術情報協会HP)
・ 昭和27年3月29日に国指定の特別天然記念物に指定。
・ 所在地 = 鹿児島県 姶良郡 蒲生町上久徳 2259 八幡神社
→ 鹿児島県のほぼ中央、鹿児島市街地から約30kmに位置する小さな町、武家屋敷のつらなる蒲生町の中心部、その町の中心部高台にある蒲生八幡神社境内にある。
→ 蒲生町役場前のバス停から歩いて約5分で八幡神社。
・ 1123年、蒲生八幡神社が創建されたとき、すでに御神木として祀られていた。
・ 保護のため周囲は木製デッキで取り囲まれ、デッキ内は立ち入り厳禁。
・ 南側地面付近の幹には、鍵が掛けられた扉があり、内部は約8畳の空間広がっている。 (各種養生施工)。
・ 巨大な樹幹の下部は、複雑に大きな瘤が重積し、根元には直径4.5mの空洞がある。
・ 平成8年度から4カ年計画で「保護増殖事業」が実施され、大規模な地表・地下の異物除去と土壌改良など、本格的な保護工事が行われた。
・ 伝説では、和気清麻呂が宇佐八幡の信託を奏上し、大隈に流されたとき蒲生を訪れた和気清麻呂が手にした杖を大地に刺したところ、それが根づき大きく成長したものが「蒲生のクス」だともいわれている。
(〜フリー事典等より)
訪問記
・ 2008年(平成20年)11月15日
・ 九州地方の百名山と二百名山登山を兼ねて、効率よく巨樹訪問を行いました。
・ 熊本から約150K1時間半、姶良ICで下り、カーナビに従って県道42号線を進むと案内標識があり、町の中心部を過ぎると赤い鳥居が右側に見え、蒲生八幡神社に到着、左側にある広い無料駐車場を利用。
・ 大きな赤い鳥居をくぐった左先にも大きなクスがありますが、目的のクスのある神社の奥左側へ進む。
・ まずお参りを済ませ、クスの全景を撮影するため、クスの木からかなり離れた場所で撮る。
・ 説明の標識が二種類あり、撮影する。
・ 近づいてしっかり見入っていると、あたかも白髪の長いヒゲを生やしたクスの長老が現れてきそうな雰囲気が漂ってきました。
・ 言葉が出ないほどの威圧感と畏敬の念に襲われ、襟を正し、挨拶しました。
・ 日本一の名に恥じない雄大な姿で聳え、貫禄充分の巨樹でした。
・ 迫力満点、日本一の風格十分です。
・ クスの内部には、タタミ約8畳分の空洞があるそうで、公開されるチャンスがあれば是非入ってみたい気分です。まるでトトロの家のような雰囲気です。
・ この樹木もクスの特質上、根本付近は肥大化するようですが、かなり上の部分まで太い幹で、コケや着生木が見られました。
・ 平成8年度からの4カ年計画で「保護増殖事業」の成果が表れているようで、樹冠の広がりや葉の密度、色合い等、質量共に充分な樹勢が見受けられました。
・ 八幡神社から道路を挟んだ向かいに広がる武家屋敷群も、立派な門構えや赤、紫、白の花が咲く庭があり見事でした。
・ この「蒲生のクス」を日本の宝として、今後も更に注意深く保護し、自然と調和した町づくりを勧め、蒲生古来の伝統的風土を守り続けてほしいところです。
蒲生八幡神社 | 蒲生の大クス 全景 |
標識 | 〃 |
蒲生の大クス 全景 | 根本 |
全景 | 下部 |
下部 | 下部 |
下部 | 幹 アップ |
中間部 | 〃 |
根元の扉 | 〃 |
2.藤崎台のクスノキ群
・ 全国第十位の巨樹。
『7本のうちの最大の木』
・ 幹周 = 20m 目廻り=12m
・ 樹高 = 28m
・ 根回り = 31m
・ 推定樹齢= 1,000年。
『7本のうちの最小の木』
・ 幹周 = 7m
・ 樹高 = 20m
・ 根回り = 31m
・ 推定樹齢= 400年。
・ 所在地 = 熊本県熊本市宮内 藤崎台球場脇
→ 熊本駅からバスで10分。 市電・蔚山町(うるさんまち)電停から徒歩約10分。
・ 国指定天然記念物 1924年(大正13年12月9日)指定。
・ 熊本城のある広い地域の西の端に藤崎台球場という野球場があり、球場のすぐ脇、>県立美術館の西側>に、国の天然記念物のクスノキの巨木群がある。
・ 藤崎台には明治10年まで藤崎八旛宮が鎮座されていた。藤崎宮は承平3年(933)の勧請と伝えられており、以来950年近くこの台地に社殿があったため、その社叢(しゃそう)として7本のクスの大木が残ってきた。
・ 大きなものは根廻り31m、目通り幹囲り12m、高さ28mにもおよび樹齢推定1,000年、小さなものでも目通り7m、高さ20mで推定樹齢400年とみられている。
・ 西南の役に社殿はことごとく焼失し、以後陸軍用地となり、昭和35年に県営野球場となったが、このクスノキ群は保護柵が設けられ今日に及んでいる。
・ かつて当地にあった藤崎八旛宮の名残で、7本の大きなクスノキが群生している。 外野席スタンドの後方にみられるこんもりとした森として野球中継でも有名。
・ 外野スタンドのバックスクリーン横(左翼側)には7本のクスノキが立っており、球場のシンボルのようになっている。
・ 7本のうちの数本は芝生の外野席に日陰をつくり、夏に外野で野球を見る人に心地よい場所を提供する。
・ 球場が小高いところに位置しているため周囲から良く目立ち、森の都・熊本の象徴のようになっている。
・ これだけの巨樹が群生しているのは珍しく、1,924年 (大正13年)12月9日、国の天然記念物に指定された。
・ 球場が完成した際、幹を守るため周囲に保護用の金網が設けられた。
・ 最大の物は根元付近の肥大が大きく、幹周りは20mと、全国でも最大クラスの幹周りであることが近年確認された。
・ 夏の高校野球大会では、外野席まで伸びる木陰の下で観戦する人も多い。
・ この7本のクスの木は、神社の森として千年近く手厚く保護されてきて、戦火にも生き残り、なおも樹勢を保っている。
・ 幹はいずれも空洞となっているらしいが、樹勢はなお盛んで、現在は保護柵が設けられ、自然のままに保存されている様子がうかがえる。
・ 柵の外から観ると7本共、幹や枝がつる性植物や寄生植物に覆われて、毛むくじゃらの巨獣のように見える。なかなか金網の外からは幹の太さなどをうかがい知ることは難しい。
・ このクスノキを生かそうと、城下町の新町地区の住民が8月に「熊本城藤崎台千年クスノキ群顕彰保存会」を結成。保存会理事長で一新地域商店会連絡協議会長の橋本和彦さん(53)は「新幹線開業も目前。クスノキを整備すれば、城を訪れる観光客に、城の周辺まで見に来てもらえる」と期待する。
・ クスノキを囲む高さ2・2メートルの金網は64年、クスノキの幹にある穴に入った人による失火騒ぎがきっかけで、木の保護のため張られた。今回、木に親しめるよう、県教委の協力を得て金網を撤去し、代わりにツゲの木を周りに植えることにした。7本のうちの1本、囲む金網を18日に撤去し、23日朝には地元の子どもらがツゲを植える。残る6本も今後整備する。費用は募金などでまかなう。
〜 2,008年11月20日 朝日新聞
(〜フリー事典等より)
訪問記
・ 2008年(平成20年)11月14日
・ 九州地方の百名山と二百名山登山を兼ねて、効率よく巨樹訪問を行いました。
・ 初日、熊本空港から熊本城の駐車場へ向かい、約15km40分ほどで到着。
・ 駐車場の管理人さんに聞き、天守閣から南西方向約500m、クスノキ群の案内板や標識等一切ありませんでしたが、藤崎台球場のナイター用の照明塔を目標に進む。
・ 熊本城公園から一旦坂を下り、前方にそれらしい森を見出し進むと、坂の上の球場のナイター用の照明塔の先に「藤崎台のクスノキ群」がありました。
・ 標識があり、7本のクスノキの巨樹が集中してありました。
・ いずれも高い金網と最上部には鉄縄文で厳重に囲まれており、中には入れません。
・ 案内板によれば、その最大のものは幹周囲12メートル、樹高28メートル、樹齢は約1,000年。小さなものでも幹周囲7メートル、樹高20メートル、樹齢400年位と記されていた。
・ いずれの木も樹勢は旺盛で、のびのびと元気良く育っていました。まだまだ大きくなる気配です。
・ 幹にツタ類などの着生植物が絡みついていました。
・ 熊本城は、大勢の観光客で賑わっていましたが、訪問中、こちらは子供連れ一組だけしか合いませんでした。
・ PRがなされていないようでした。
・ 帰宅後、新聞記事に、1本だけ金網を撤去して、整備したとの情報を得ました。 今後PRされると予想されます。
藤崎台球場裏、藤崎台のクスノキ群入口 | 藤崎台のクスノキ群 |
全景 | 全景 |
全景−1 | 全景−2 |
根本 | 中間部の幹のコブ |
根本 | 標識 |
3.川古(かわご)のクス
・ 全国第五位の巨樹。
・ 幹周 = 21.0m
・ 樹高 = 25m
・ 根回り = 33m
・ 枝張りは東西・南北27m
・ 推定樹齢= 3,000年。
・ 所在地 = 佐賀県武雄市若木町川古7843 日子神社 川古の大楠公園
→ @ 長崎自動車道武雄北方ICから498号線を伊万里方向へ約8k。
A 武雄温泉駅より車で約20分。
B JR佐世保線武雄温泉駅から、昭和バス伊万里行き乗車。バス停上宿
・ 国指定天然記念物 指定。大13.12.9
・ 奈良時代には、名僧行基がここを訪れ、この木の幹に観音像(六臂(ろっぴ))を刻みこんだと伝えられている。しかし、廃仏毀釈の時に顔や衣服のディティールを削り取られてしまい、現在は六臂観音像はこの木のそばのお堂に安置されている。
・ 現在、幹の南西部には空洞があり、その中に稲荷の石祠が祀られている。
・ 『六臂観音像』 ・・・ 幹に直接彫られた立ち仏で、伝説では奈良時代の名僧行基が刻んだといわれています。廃仏毀釈で顔面を削られ、昭和60年、永年の風雨虫損の影響で幹から剥落してしまった。制作年代は不明であるが「川古庄屋日記」から、明和3年(1,766)には既に存在していたことが判っている。 像高:20cm。
・ 『如意輪観音坐像』 ・・・ 如意輪観音坐像は観音立像の顔面にはめ込まれていたもので、廃仏毀釈の際に分離されました。鋳造技法などから江戸時代の作品と考えられています。像高:4cm。
・ 大楠周辺は川古の大楠公園となっており、水車館や地元に伝わる大蛇伝説のからくり人形劇が上演される「為朝館(ためともやかた)がある。
・ 観光バス用の駐車場、お土産屋もあり、観光用PRが行き届いている。
・ 樹勢も、樹木医等の手によって治療を施され、回復している。
・ 佐賀県の県の木はもちろん「くす」。 「肥前風土記」によれば、「佐賀」の名前は、楠を「サカノキ(栄の木)」と呼ぶことに由来すると言う。
(〜フリー事典等より)
【 訪問記 】
・ 2009年(平成21年)5月27日
・ 九州地方の百名山と二百名山登山を兼ねて、効率よく巨樹訪問も行いました。
・ 多良岳登山後、長崎自動車道武雄北ICを降り、約3kにある大楠神社の“武雄の大クス”訪問後、カーナビに従って34号→498号線を約10kで案内標識があり駐車場に駐車。
・ 駐車場の北側の家の陰に目的のクスがあり、周囲が広々としており、体裁の好い巨大な盆栽といった感じ。
・ どっしりと構えた風格の樹木で、3,000年の歴史を刻んだ雰囲気がありました。
・ 全国のクスの中でも風格が最もあると言われているとおり、周囲から孤立した状態で、遠くから見通せるので、のびやかにゆったりとした雰囲気がありました。
・ 一部分にあった空洞は発泡スチロール樹脂が埋め込まれていました。
・ 枝はボウラン、ノキシノブ、コケ類で覆われており、威厳たっぷり。
・ 全体的には樹勢は比較的旺盛で、若葉をしっかりと茂らせていました。